舟川 晋也:中央アジア乾燥地潅漑農業における土壌生態系の劣化と修復に関する研究

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中央アジア南部の多くは年間降水量が200 mm以下の砂漠地帯であり,アム・ダリア,シル・ダリア,イリ川などの河川水を利用することで,大規模な潅漑農業が展開されてきた。主要な耕作形態は,綿花を主作物とした連続的な畑作と,除塩のため水稲を取り入れた水田/畑作の輪作である。数年間の現地調査で,カザフスタン・ウズベキスタン両国の灌漑農地における問題点に関して,以下のような知見が得られた。

中央アジア南部の多くは年間降水量が200 mm以下の砂漠地帯であり,アム・ダリア,シル・ダリア,イリ川などの河川水を利用することで,大規模な潅漑農業が展開されてきた。主要な耕作形態は,綿花を主作物とした連続的な畑作と,除塩のため水稲を取り入れた水田/畑作の輪作である。数年間の現地調査で,カザフスタン・ウズベキスタン両国の灌漑農地における問題点に関して,以下のような知見が得られた。

カザフスタン・ウズベキスタンの灌漑農地周辺において,異なる3スケールにおいて塩害発生条件とその対策に関する研究を行った。まず広域的なスケールでは,塩濃度は地球化学的要因によって規定されており,イリ川流域やフェルガナ盆地などの扇状地や河川上流域と比べ,シルダリア川下流域やカザフスタン北部では土壌の二次塩性化リスクの高いことを明らかにした。次に農場内地形と塩動態の関係では,灌漑水導入口付近の比較的高位の圃場に比べ,主幹排水路近くの低位の圃場あるいは局地的な凹地において土壌中の塩濃度は高くなる傾向を示した。また土壌断面スケールでは,中溶解性の石膏の断面内分布パターンが,累積的な水移動の方向や塩集積の状況とよく対応することが明らかとなった。これらの知見に基づいて,異なるスケールにおいて適切な土地利用や作付け体系を選択することができる。

このように現在中央アジアの潅漑農業は特に排水の確保の面で大きな問題を抱えている。潅漑水の多量使用と良好な排水の確保を前提条件とする水稲耕作では,まさに多量の潅漑水を使用してきたがゆえに地域の地下水位が上昇し,畑作期間の土壌塩性化が加速されると同時に,排水性の低下から湛水期の除塩が機能しなくなるという危機的な状況が,特にシル・ダリア下流域クジルオルダ州において現れつつある。また湛水・除塩の行われない周辺未耕地では,継続的な土壌塩性化により極端に多量の塩が蓄積されている例が見られ,農場周辺に居住する人々の生活環境の不可逆的な劣化が危惧される。

一方綿花栽培地域では,例えばヌクス地方やフェルガナ盆地の比較的低所で,地下水上昇型の土壌塩性化が見られる。もともとの立地条件を考慮した上で,適切な間隔での潅漑排水網を整備することが望まれる。また排水が不十分なシル・ダリア中流左岸地域では,土壌中に多量の塩が集積している例がしばしば見られ,今後の経済情勢の悪化や耕作形態の多様化に伴う潅漑/排水システムの変化により,急速な土壌塩性化が引き起こされる可能性がある。

これら沙漠の大規模潅漑農業は,地域農民によって伝統的に行われてきたというよりは,旧ソビエト連邦体制下の社会的・経済的要請によって展開されてきた側面が強いものである。これら社会・経済的条件が激変しつつある今日,この潅漑農業をどのようにより持続的なものに変えていくかを再考してみる必要があろう。とりわけ今後環境保全の面から潅漑水使用の節減を求める声が強まる中で,いかに水資源を有効に利用しながら潅漑耕地の塩性化を防ぐかが最重要課題であるといえる。対策として,①潅漑効率の改善,②排水設備の修復・完備に加えて,③耕地の整理・農業生産の集約化が求められる局面がくるかもしれない。さらに一般化していうならば,当該地域の潅漑農業のように多量の潅漑水使用を前提とした農業では,その立地の選定と長期的な排水の確保により多くの注意が払われるべきだと筆者らは考えている。

なお本研究に関しては,以下の科研報告書が出されている。

Funakawa, S. (Eds.) 2007: Soil Salinization under Large-scale Irrigation Agriculture in Central Asia. Final Report on Research Project (Number: 16405023) under Grant-in-Aid for Scientific Research (B) for 2004 to 2006. pp.58.

本研究テーマに関する研究成果

  • 舟川晋也,小崎隆,鈴木玲治,石田紀郎 1996:カザフスタン大規模潅漑農地における土壌塩性化の実態,農土誌,64(10), 1017-1021.
  • Funakawa, S., Kosaki, T., Suzuki, R., Kanaya, S., Karbozova, E., and Mirzajonov, K. 1998: Soil salinization under the large-scale irrigation agriculture along Ili River and Syr-Darya River. In: Sustainable use of natural resources of Central Asia. Environmental problems of the Aral Sea and surrounding areas. p. 37-41, Almaty, Kazakhstan.
  • 舟川晋也,小崎隆 1999:中央アジア大規模潅漑農地における土壌塩性化の実態,水文・水資源学会誌,12(1), 60-65.
  • Funakawa, S., Suzuki, R., Karbozova, E., Kosaki, T., and Ishida, N. 2000: Salt-affected soils under rice-based irrigation agriculture in southern Kazakhstan. Geoderma, 97(1-2), 61-85.
  • 舟川晋也,小﨑隆2002:10.5 アラル地域の砂漠化,地球環境ハンドブック(第2判),不破敬一郎・森田昌敏編著,pp.1129, p.708-717,朝倉書店.
  • Funakawa, S., Suzuki, R., Kanaya, S., Karbozova-Saljnijov, E., and Kosaki, T. 2007: Distribution patterns of soluble salts and gypsum in soils under large-scale irrigation agriculture in Central Asia. Soil Science and Plant Nutrition, 53(2), 150-161.
  • Funakawa, S. and Kosaki, T. 2007: Potential risk of soil salinization in different regions of Central Asia with special reference to salt reserve in deep layers of soils. Soil Science and Plant Nutrition, 53(4), 634-649.
  • Sugimori, Y., Funakawa, S., Pachikin, K.M., Ishida, N., and Kosaki, T. 2008: Soil salinity dynamics in irrigated fields and its effects on paddy-based rotation systems in southern Kazakhstan. Land Degradation and Development, 19(3), 305-320.
  • 舟川晋也,小﨑隆,矢内純太 2008:1. カザフスタンにおける最新土壌研究―乾燥地・半乾燥地における持続的土地利用とは何か?―,[講座]アジアにおける多様な土壌と我が国ペドロジストによる研究の最前線,土肥誌,79(4),399-407.
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