真常 仁志:シリア北東部半乾燥地域における土壌侵食危険度の評価

はじめに

世界の半乾燥地域では、降水量の年次変動が大きく、主たる生業である農業は脆弱な生産基 盤の上に成り立ってきた。しかも、近年の著しい人口増加や一人当たりの食料消費量の増加に よって土地をより集約的に利用せざるを得なくなり、土壌侵食の加速や土地生産力の低下といっ た土壌劣化が引き起こされていると言われている。

本研究において対象地域としたシリア北東部のアブダル・アジズ山地周辺地域(年間降水量約 300mm)は従来、自然草地として利用されてきたが、1950年代以降遊牧民が定着し、草地の耕 地への転換を推進した結果、飼養頭数の増加や自然草地の減少による放牧圧の上昇、あるいは 耕地の拡大という土壌劣化を引き起こし得る要因が現れてきている。従って、土地利用の集約化 による土壌劣化―特に当地域においては降雨による土壌侵食―の促進という構図が容易に想起さ れるものの、この構図の妥当性はいまだ定量的に評価されていない。また、植生の後退を認識 した政府は植林・禁牧地域を設定しているが、この政策の土壌侵食に対する影響も明らかとなっ ていない。

そこで本研究では、当地域(面積約900km2 )における持続的な土地資源の利用を進めるために、

  1. 当地域の主な土地利用である放牧と耕作が土壌侵食に及ぼす影響を、侵食発生に関わる因 子-特に、土壌・植生・地形-の観点から解明する、
  2. 土壌侵食に関わる因子間の相互作用を理解する、
  3. 当地域全体で各因子について評価することにより土壌侵食危険度評価図を作成し、今後ある べき土地利用について指針を与える

ことを目的とした。

1.放牧と耕作が土壌侵食に及ぼす影響

【目的・方法】放牧と耕作が土壌侵食に及ぼす影響を、土壌・植生・地形の観点から解析する ため、当地域内の3地点を選び、各地点において異なる土地利用を持ち、かつ隣り合う2ヶ所に 土壌侵食観測用試験区を設置した(計6試験区)。地点1・2では放牧地と禁牧地に、地点3では 放牧地とそれを開墾した耕作地に試験区を設置した。これら6試験区において、流失土壌量を 1994/95と1995/96の雨季に観測した。土壌因子として団粒安定性、植生因子として植被率の季 節変動、地形因子として斜度を調べた。

【結果と考察】表1に侵食試験の主な結果を示した。地点3において、耕作区の流失土壌量は放 牧区に比べかなり多く、また耕作区では土壌有機物の選択的流亡が観察された。耕作による侵 食の促進は、耕起による土壌表面の撹乱や、潅木の除去による土壌被覆の減少が原因と推察 された。また草地の地点1・2では、流失土壌量は両季とも非常に少なく、かつ放牧区と禁牧区 の差も小さかった。放牧の影響が顕著でなかった原因として植被が多かったことが考えられた。地 点1・2の放牧区は斜度が大きいにもかかわらず、斜度の小さい地点3の放牧区とほぼ同量の流失土壌量を示したが、これは団粒安定性の違いにより説明できた。以上のことから山麓は潜在的 に侵食の危険性が高く、草地から耕地への転換はその危険性を顕在化させることが示唆された。

表1  土壌侵食試験の主な結果
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2.地形と植生が土壌の団粒安定性に及ぼす影響

【目的】上に述べた侵食試験の結果から、土壌の団粒安定性が流失土壌量を説明する上で有用 であり、また山地に比べ山麓で団粒安定性が低いことが示された。この現象の普遍性について検 討するため、当地域内のより広い範囲で、地形と植生が団粒安定性に及ぼす影響について解析した。

【測定項目】耕地18地点において、団粒安定性・土壌特性値(pH・EC・有機炭素含量・炭 酸塩含量・砂含量)・斜度を測定した。草地55地点においては、上記測定項目に加えて、土 壌被覆率としてポイント・トランセクト法により、潅木・草本・リター・レキ・裸地の出現率も記録した。

【解析方法】耕地・草地それぞれについて、団粒安定性と測定項目の相関分析をおこなった。さらに、草地については、土壌特性値・土壌被覆率・斜度による主成分分析を行い、各地点の主成分得点を算出した。次に、この主成分得点を説明変量、団粒安定性を目的変量として段階式重回帰分析を行った。

【結果と考察】耕地においては、団粒安定性と測定項目の間には相関が無く、団粒安定性は土壌の諸性質よりむしろ耕起の程度に大きく左右されていることが示唆された。

草地の団粒安定性は、主成分分析・重回帰分析の結果、被覆因子と斜度因子により説明され た(図1)。被覆因子は、有機炭素含量・草本の出現率と正の相関が、裸地の出現率と負の相関が高く、被覆材が降雨の衝撃から土壌を守っていること、主な被覆材である植生が土壌有機物 を増加させていることが、団粒の安定化を促進していると推察された。斜度因子は、斜度・レキ の出現率と正の相関が、潅木の出現率と負の相関が高く、急傾斜面では不安定な団粒は崩壊後流失し、残存するのは安定な団粒であることを示唆した。従って、1.の侵食試験で示唆された団 粒安定性と地形・植生の関係は普遍的であり、団粒の安定化には、土壌被覆率を増加させることが、特に緩傾斜地において重要であることが明らかとなった。

図1 牧野における団粒安定性の実測値と主成分得点による推定値の関係
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3.土壌侵食危険度評価図の作成と持続的な土地利用法の提案

【目的および方法】当地域の今後あるべき土地利用について考察することを目的として、当地域全体で地形・土壌・植生因子を衛星画像と地理情報システムを用いて図化し、土壌侵食危険度を評価することを試みた。地形因子は、当地域全体について、等高線図からディジタル標高モデルにより算出された斜度を用いて「緩」「中」「急」の3クラスに分類した。

草地では、土壌因子として団粒安定性を58地点において測定し、「大」「中」「小」の3クラス に、植生因子として土壌被覆率を同58地点において測定し、「高」「中」「低」の3クラスに分類した。この分類された測定地点における衛星画像データを「教師」として、当地域全体の衛星画 像データを土壌・植生因子について分類した(教師付き分類)。次に、世界で広く用いられている土壌侵食予測式であるUSLEモデルと1.で得られた侵食試験の結果を基に、地形・土壌・植 生因子の各クラスの組み合わせについて土壌侵食危険度を算出した後、危険度を「小」「中」「大」 の3クラスに分類し(表2)、当地域の草地全体における土壌侵食危険度を評価した。

表2  土壌・植生・地形因子のクラスによる土壌侵食危険度の分類(草地)
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耕地では、団粒安定性に対する耕起の影響が大きいことが示唆され、また多くの場合オオムギが栽培されているので、土壌・植生因子は同一であると考え、地形区分のみにより危険度を評価した。土壌侵食試験を実施した耕作区の斜度クラスである「中」の地域を危険度「中」とし、 斜度クラス「緩」「急」の地域については、斜度が大きくなるほど流失土壌量は増えると考え、それぞれ危険度「小」「大」とした。

【結果と考察】土壌・植生因子は、教師付き分類の結果、それぞれ81%・78%が正しく分類されていた。また、草地における各ピクセルが地形・土壌・植生の3因子についてどのクラスに分類されたかを検討したところ、植生が多いクラスほど、また地形が急なクラスほど、土壌団粒の安定なクラスに分類されているピクセルが多い傾向にあり、2.で明らかとなった土壌・植生・地 形の関係との整合性が確認された。

作成した土壌侵食危険度評価図(図2)から、草地の70%は危険度「小」に分類され、当地域全体としては、草地の土壌侵食危険度は高くないことが明らかとなった。また、禁牧地域には急傾斜地が多く、禁牧政策が侵食の軽減に有効であることが裏付けられた。一方、禁牧政策や 草地の耕地への転換により、現在放牧に利用できる面積は当地域全体の半分に過ぎず、放牧の拠点となる村やテントも現在、放牧可能な地域に集中していることも明らかとなった。したがって、 現在の放牧地における土壌侵食の危険性を高めないためには、禁牧地域内で侵食危険度が小さ い場所での放牧を進める必要があると思われ、そのような地域を危険度評価図から特定することができた。

一方、危険度の大きい耕地の拡大は、耕地に転換された土地の侵食危険性を高めるだけでな く、草地面積を減少させ草地での放牧圧を高める結果にもつながるので、抑制するべきであると考えられた。

図2  土壌侵食危険度評価図
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まとめ

  1. 侵食に対する放牧と耕作の影響を調べたところ、放牧の影響は顕著でなかったが、耕作による侵食の加速と侵食による有機物の選択的流亡が認められた。
  2. 地形と植生が団粒安定性に及ぼす影響を調べたところ、団粒安定性は斜度と土壌被覆に規定されていた。斜度の効果としては、傾斜による崩壊団粒の流亡が、土壌被覆の効果としては、有機物の供給・降雨の衝撃からの保護の2点が考えられた。
  3. 当地域全体の土壌侵食危険度を衛星画像・地理情報システムを用いて評価した。この評価図を用いて禁牧政策の有効性と限界を示すとともに、より持続的な土地利用について考察した。
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