舟川 晋也:ユーラシア半乾燥ステップにおける土壌生態系の変容に関する研究

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1.中央アジア乾燥地・半乾燥地における土壌の保全的利用に関する研究

(「中央アジア乾燥地における大規模潅漑農業の生態環境と社会経済に与える影響-1995年度調査報告-」,日本カザフ研究会,p.101-120より要約・抜粋)

カザフスタン北部のステップ穀作地帯では,現在土壌風食や過大な土壌有機物の分解に伴う土地劣化が深刻な問題となっている。本研究では,これまで旧ソ連圏以外ではあまり知られることのなかった当該地域土壌の分布状況について,特に粘土鉱物組成を中心として広域調査を行った。その結果,北部カザフスタンには広く細粒質土壌が分布しており,主要粘土鉱物としてスメクタイトが広く見られること,一部地域ではジプサムや可溶性塩類に富んでおり二次塩性化が心配されること,また穀類連作耕地では自然草地と比べて土壌有機物含量が減少していることなどが明らかになった。本研究課題については,現在定点集中調査地点を設定して,自然草地および耕地生態系の有機物循環を定量的に把握すること,および分布土壌の特性が異なるロシア・ウクライナ地域のステップ土壌と比較検討する形で土地劣化過程を理解すること,の二点について調査・研究を継続中である。

2.カザフスタン北部穀作地帯における有機物・水動態の解明

有機物動態に関する研究: 土壌有機物を多量に蓄積する性質により,チェルノーゼムは農業的および環境的見地から重要な資源の一つである.本研究では,圃場での土壌呼吸と土壌温度・水分含量などの環境要因を解析することによって,カザフスタン北部のチェルノーゼムで行われる穀作農業における土壌有機物収支を求めた.

ショルタンディのカザフ穀作研究センター試験圃場に5調査区(小麦作付け区3区,オート麦作付け区1区,休閑区1区)を設定した.なお当調査地の年降水量は323 mm,年平均気温は1.6℃である.日平均気温は,4月初旬より0℃を超え,6月中旬より8月中旬まで20℃以上で推移し,その後9月下旬には5℃以下にまで急降下する.一方土壌水分含量は,融雪後6月中旬まで高く保たれ,耕作圃場では,その後数回の降雨時を除いて継続的に低下する.土壌呼吸速度は,6月下旬から7月上旬にかけて最大値を示し,全体的な変動は土壌温度と類似する.これは微生物バイオマス炭素・窒素の変動が,土壌水分と似たパターンを示すのと対照的である. 土壌環境要因を用いて一日あたりの土壌呼吸速度を表すために,以下のような関数を用いた.
Cem = aMbexp(-E/RT) この式を対数変換した後,測定データであるCem(一日あたりの土壌呼吸速度),M(土壌体積含水率), T(絶対温度)を用いて段階的重回帰分析を行い,a, b, E(アレニウス式の活性化エネルギー)を決定した.その結果,土壌呼吸速度と活性化エネルギーの間には常に有意な関係が見られたが,土壌呼吸速度に対する水分含量の寄与ははっきりしなかった.この回帰式とデータロガーで計測した土壌温度および水分含量を使って,耕作期間中の総土壌呼吸量を2.5~3.2 Mg C ha-1と推定した.一方作付け区において土壌に投入されると期待される作物残渣は1.6~4.4 Mg C ha-1であった.オート麦作付け区を除いては,この年の土壌有機物収支はわずかに負――すなわち土壌有機物プールが失われた――であった.水資源の年次変動に依存する作物生育の変動が大きいため,異なる年の炭素収支を一般化して理解することは難しいが,土壌有機物収支の観点からは,残渣投入のない夏季休閑の不利は明らかである.夏季休閑区の総土壌呼吸量は2.9 Mg C ha-1であり,これは作土層(30 cm)の全土壌有機物量のおよそ4%に相当する.これ以上の土壌有機物の損失を減らすためにも,少なくとも広く一様に夏季休閑を用いることは再考すべきである.

水動態に関する研究: カザフスタン北部の乾燥地農業における水分動態とその収支について,1998年秋より2000年耕作終了までの2年間にわたり検討した.この期間,ショルタンディのカザフ穀作研究センター試験圃場の全12地点において,数度にわたり土壌水分含量を測定した.冬季の積雪管理――一定間隔で積雪による畝状の列を作り,以後の降雪をその畝間に捕捉する――にも関わらず,融雪期の土壌水分含量の上昇は1999年で-40~74 mm,2000年で-6~84 mmと大きく変動した.土壌温度のモニタリング結果より,休閑後の圃場では凍結した次表層土の水分含量が高く,その結果凍結融解が遅れ,上部層位からの土壌水浸透が妨げられ蒸発や表面流去による水分損失が増加したものと考えられた.融雪終了後,数度の降雨時を除いては,耕作期を通して土壌水分含量は減少した.耕作期間中の蒸発散量は,194~259 mmと推定された.収穫時の小麦のバイオマスおよび収量がこの蒸発散量推定値と相関関係にあったことから,本地域の作物収量はほぼ有効水含量によって決定されていると考えられた.また春季の初期水分由来の蒸発散は,全蒸発散量の27~52%に相当した.夏季休閑区では,作付け区と比べて,1999年には39~104 mm,2000年には100~119 mm多くの水が集められた.休閑区と作付け区の水収支を比較した結果,夏季休閑と積雪管理の双方ともがおよそ100 mm程度水を増加させることができるものの,積雪管理のメリットはしばしば前年の夏季休閑の効果によって相殺される.夏季休閑が土壌有機物分解を促進するであろう負の効果を勘案すれば,本研究サイトでは積雪管理を主要な水管理技術として推奨できる.どのような土壌や地形条件がそれぞれの水管理に効果的なのか,また経済的・環境的見地から適しているのか,明らかにするためのさらなる研究が必要とされる.

3.ユーラシア・ステップにおける土壌有機物動態に関する比較研究 (2005年度土壌肥料学会講演要旨より)

ユーラシアステップの各地(ハンガリー耕地,ウクライナ自然草地,カザフスタン北部耕地,同南部採草地)において土壌呼吸速度SRを実測し,その規定要因を検討した。これらの調査地点において,土壌温度(TS),土壌水分(MS),SRを年間十数回実測し,SRとTS, MSの関係式を求めた上で,得られた式にデータロガーで継続的に記録したTS, MS値を代入し年間のSRの推移および年間土壌呼吸量(SY; 根呼吸含む)を算出した。 解析の結果,SRに対するTSの影響が常に明瞭であったのに対し,MSの寄与は段階的重回帰ではしばしば棄却された。このようにして求められたSYは2.52~22.6 Mg C ha-1であった。そこでSYの規定要因を解析するために,気候パラメーター,植物バイオマス,土壌の一般理化学性を説明変数とした多変量解析を行った。これら説明変数群より主成分分析によって抽出された因子は,湿潤・SOM蓄積因子(PC1),SOM分解遅延因子(PC2),植物バイオマス蓄積・粘土因子(PC3)であり,年間土壌呼吸量は,SY = 8.3 + 4.9 (PC1)-3.7 (PC3); R2=0.87, n=9でよく説明された。ここでPC1が,直接的な微生物呼吸基質の供給および好適な水分環境の提供を通して正に寄与するのに対し,PC3による負の寄与は,根バイオマスの小さい一年生植物主体の群落において同化産物がバイオマスとして蓄積されずに呼吸によって消費されることによるのではないかと考えられる。このように種々のチェルノーゼム類縁土壌を含むような比較的広い気候範囲で見れば,SYは気候・植生因子の関数となり,土壌側の要因の寄与は,粘土含量を除いてははっきりとは見られない。このことは既存の草地/耕地における有機物動態長期モデルが,気候要因を重視することでほぼ満足に土壌有機物動態を記述しうる事実と一致する。

4.中央ユーラシア山間・山麓地における広域土壌分布と土壌有機物動態 (総合地球環境学研究所プロジェクト「民族/国家の交錯と生業変化を軸とした環境史の解明-中央ユーラシア半乾燥域の変遷(代表・窪田順平)」と連携して)

乾燥に偏した中央ユーラシアにおいて,テンシャン・アルタイ両山脈の山間・山麓部は,例外的に降水量に恵まれた一次生産の大きな地域である。気温,降水量の大きな傾度を反映して,そこに分布する土壌も多様であるが,山間地において得られる気象データには限りがあり,土壌分布と気候条件の関係は明らかではない。本研究では,当該地域における広域土壌調査の結果と気象データの解析を併せて,各種土壌の分布を規定する気候条件の特定および過去にさかのぼった土壌有機物動態の広域把握を目指した研究を進めている。

なお本課題群の研究に関しては,以下の科研報告書が出されている。

Soil Organic Matter Dynamics in Eurasian Steppes. Final Report on Research Project (Number: 13460032) under Grant-in-Aid for Scientific Research (B)(2) for 2001 to 2003, Ed. T. Kosaki, pp.223.

中央ユーラシアにおける過去一千年紀の生産生態環境の復元.科学研究費補助金(基盤研究(B),課題番号:19405047)研究成果報告書(2007~2009年).舟川晋也.

本研究テーマに関する研究業績

  • 舟川晋也,広岡青央,ユーリ・イェフスティフィーフ,アユープ・イスカコフ,エルミーラ・カルボゾバ,小崎隆 1996:カザフスタン共和国ステップ地帯に分布する土壌の性質(予報),「中央アジア乾燥地における大規模潅漑農業の生態環境と社会経済に与える影響-1995年度調査報告-」,日本カザフ研究会,p.101-120.
  • 小崎隆,石田定顕,縄田栄治,舟川晋也 1997:中央アジアステップ地帯における生態系調和型農業開発戦略の策定,「平成8年度開発援助研究報告書」,pp.60.
  • 舟川晋也,小崎隆,鈴木玲治,広岡青央,金谷新志郎,エルミーラ・カルボゾバ 1997:中央アジア乾燥地・半乾燥地の土壌と農業,「中央アジア乾燥地における大規模潅漑農業の生態環境と社会経済に与える影響-1996年度調査報告-」,日本カザフ研究会,p.63-97.
  • Funakawa, S., Kosaki, T., Hirooka, K., Yevstifeev, Y., Iskakov, A. 1998: Chemical and mineralogical properties of the soils in the semiarid steppe region in Kazakhstan. In: Sustainable use of natural resources of Central Asia. Environmental problems of the Aral Sea and surrounding areas. p. 42-50, Almaty, Kazakhstan.
  • 舟川晋也 2003:ジオスタティスティクスを用いた四次元的土壌プロセスの解明――北部カザフスタン穀作農業地帯における土壌有機物収支――,ペドロジスト,47(1),55-63.
  • Karbozova-Saljnikov, E., Funakawa, S., Akhmetov, K. and Kosaki, T. 2004: Soil organic matter status of Chernozem soil in North Kazakhstan: effects of summer fallow. Soil Biology and Biochemistry, 36(9), 1373-1381.
  • Funakawa, S., Nakamura, I., Akshalov, K., and Kosaki, T. 2004: Soil organic matter dynamics under grain farming in northern Kazakhstan. Soil Science and Plant Nutrition, 50(8), 1211-1218.
  • Funakawa, S., Nakamura, I., Akshalov, K., and Kosaki, T. 2004: Water dynamics in soil-plant systems under grain farming in northern Kazakhstan. Soil Science and Plant Nutrition, 50(8), 1219-1227.
  • 舟川晋也,小﨑隆 2005:カザフスタン・ステップ地帯に分布する土壌の特性 [資料],ペドロジスト,49(2),52-66.
  • Yanai, J., Mishima, A., Funakawa, S., Akshalov, K., and Kosaki, T. 2005: Spatial variability of organic matter dynamics in semi-arid croplands in northern Kazakhstan. Soil Science and Plant Nutrition, 51(2), 261-269.
  • Funakawa, S., Nishiyama, Y., Kato, A., Kadono, A., and Kosaki, T. 2006: Temperature and moisture dependence of organic matter decomposition in soils from different environments, with special reference to the contribution of light- and heavy-fraction C. Pedologist, 50(1), 29-45.
  • Takata, Y., Funakawa, S., Akshalov, K., Ishida, N., and Kosaki, T. 2007: Influence of land use on the dynamics of soil organic carbon in northern Kazakhstan. Soil Science and Plant Nutrition, 53(2), 162-172.
  • Takata, Y., Funakawa, S., Akshalov, K., Ishida, N., and Kosaki, T. 2007: Spatial prediction of soil organic matter in northern Kazakhstan based on topographic and vegetation information. Soil Science and Plant Nutrition, 53(3), 289-299.
  • Takata, Y., Funakawa, S., Yanai, J., Mishima, A., Akshalov, K., Ishida, N., and Kosaki, T. 2008: Influence of crop rotation system on the spatial and temporal variation of the soil organic carbon budget in northern Kazakhstan. Soil Science and Plant Nutrition, 54(1), 159-171.
  • Funakawa, S., Yanai, J., Takata, Y., Karbozova-Saljnikov, E., Akshalov, K., and Kosaki, T. 2007: Dynamics of water and soil organic matter under grain farming in Northern Kazakhstan – Toward sustainable land use both from the agronomic and environmental viewpoints. In Climate Change and Terrestrial Carbon Sequestration in Central Asia. Eds. R. Lal, M. Suleimenov, B.A. Stewart, D.O. Hanson, and P. Doraiswamy. p.279-331, Taylor & Francis, Leiden, Netherlands.
  • Kadono, A., Funakawa, S., and Kosaki, T. 2008: Factors controlling mineralization of soil organic matter in Eurasian steppe area. Soil Biology and Biochemistry, 40(4), 947-955.
  • Takata, Y., Funakawa, S., Akshalov, K., Ishida, N., and Kosaki, T. 2008: Regional evaluation of the spatio-temporal variation in soil organic carbon dynamics for rainfed cereal farming in northern Kazakhstan. Soil Science and Plant Nutrition, 54(5), 794-806.
  • Pachikin, K., Erokhina, O., and Funakawa, S. 2009: Properties and distribution pattern of soils in Kazakhstan. Pedologist, 53(1), 30-37.
  • Funakawa, S., Shinjo, H., Kadono, A., and Kosaki, T. 2010: Factors controlling in situ decomposition rate of soil organic matter under various bioclimatic conditions of Eurasia. Pedologist, 53(3), 50-66.
  • 舟川晋也,森岡こころ,Konstantin Pachikin,王根緒,窪田順平 2009:中央ユーラシア山間・山麓地における土壌分布規定要因の解析.日本ペドロジー学会2009年度大会講演要旨集, p.41.
  • Funakawa, S., Kadono, A., Morioka, K., Pachikin, K., and Wang, G. 2010: Distribution patterns of soils and vegetation in the foothills of the Tienshan and Altai Mountains in Central Eurasia. In Reconceptualizing Cultural and Environmental Change in Central Asia: An Historical Perspective on the Future, Eds. M. Watanabe and J. Kubota, p.29-48. Ili Project, Research Institute for Humanity and Nature.
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